労働者のメンタルヘルス対策に関するネットワーク作りの試み課題
調査研究課題名
労働者のメンタルヘルス対策に関するネットワーク作りの試み課題
主任研究者
酒井 淳(福岡産業保健推進センター所長)
共同研究者
永田 頌史(産業医科大学精神保健学教授)
中村  純(産業医科大学精神医学教授)
三島 徳雄(産業医科大学精神保健学助教授)
南川喜代晴(北九州市立精神保健福祉センター所長)
西島 英利(小倉蒲生病院理事長)
副田 秀二(産業医科大学精神保健学助手)
1.はじめに

 産業現場でのメンタルヘルス対策は、大企業では専属産業医が、従業員数50〜1,000人未満の事業場では嘱託産業医や産業医をはじめとする事業所内の産業保健スタッフと事業所外の地域産業保健センター、産業保健推進センター、医師会、労災病院、大学病院精神科・心療内科などの医療スタッフとの連携が必要となる。しかし現状では、この連携を行うためのネットワークはまだ不充分である。  われわれは平成12年度より地域のおける職場のメンタルヘルス対策を支援するためのネットワークの構築を試み、これを推進するための課題の検討を進めている(図1)。  平成12年度は,北九州市若松区を対象とした調査、講演会などを行ったが,平成13年度は北九州市全域を対象とした。
2. 目的

 本研究の目的は、(1)現在の事業場における労働者のストレスや精神健康状態、メンタルヘルス対策の実情を明らかにする。(2)事業場、地域医療システム、産業保健支援のためのセンターとの間の連携をよくして、メンタルヘルス対策を中小の事業場まで行き渡らせるためにはどのようなシステムやサービスが必要かについて、労働者自身や事業場側のニーズを調べる。(3)産業保健支援のためのネットワーク作りを試み、これを活性化させるための課題を明らかにすることである。
図1 労働者のメンタルヘルス対策に関するネットワーク作り
3.方法

 本年度は、調査の範囲と対象者を拡大して北九州市内の労働基準協会に所属している1,268事業場の産業衛生担当者に対して、「職場におけるメンタルヘルス対策の実情と支援のためのネットワーク作りのニーズに関する調査」を行った。また、平成12年度に行わなかった大規模事業場の365名の労働者に対する「職業性ストレスとメンタルヘルス対策」に関する調査を行い、昨年度の中小規模事業場の労働者に行った調査結果との違いを調べるために、両者の比較を行った。さらに、地域医療機関との連携を円滑にするために北九州市立精神保健福祉センターをネットワークに加え、講演会などを開催した。
4. 結果と考察

4.1北九州市内の事業場におけるメンタルヘルス対策の実情と支援ネットワークのニーズに関する調査
 569事業場(44.9%)から回答があったが、52%が従業者50人未満の事業場で、製造業、建設業が約60%を占めていた。回答者は産業医よりも人事・労務担当者や安全・衛生管理者、支店長や工場長などの事業主が多かった。
 「メンタルヘルス」という言葉のイメージは、85%が「心の健康作り、または精神面の健康管理」と正しく回答しており、「心の不健康や精神面の不調や病気」などと、暗いイメージを持っている回答者は少なかった。約43%の事業場が従業者の健康に関連した問題を経験しており、その内容は「人間関係の問題」、「仕事への意欲の低下」、「適性に関する問題」が多かった。
 メンタルヘルス対策や心の健康づくり活動を行っている事業場は28%で、これは全事業所を含めた場合の全国平均に近い。対策を行っていない事業所は、その理由として「必要性がなかった」、「何をすればよいかわからない」、「プライバシーがからむから」等をあげており、対策の具体的方法などについての教育啓発が必要であることを示唆している。対策に関係している者として、「人事・労務担当者」、「安全衛生管理者」の方が「産業医」や「保健婦・看護婦」より多かったが、これも小規模事業場の比率が高かったことによるものと思われる。
 「心の健康づくり指針」の内容については、「全く知らない」、「余り理解していない」が合わせて75%もいたが、指針に関する講習会へも「参加希望」(39%)より「どちらとも言えない」が多くて半数を占め、内容を知らないこともあって態度を決めかねている事業場が多かった。産業保健推進センターや地域産業保健センターなどの支援センターを利用したことのある事業場は9%と少なく、その理由として「必要が生じなかった」場合は利用しないのは当然としても、「センターの存在を知らなかった」や「支援の内容を知らない」がそれぞれ約30%もあったことは、やはり効果的な広報活動が必要なことと示唆している。
 メンタルヘルス対策支援のためのネットワークがあれば「利用したい」が39%で、「どちらとも言えない」が53%と多かった。事業場が希望する支援の内容としては、「事例の相談」、「対策の進め方全般」、「医療機関の紹介」、「講師の派遣」をあげた所が多かった。
4.2 「職業性ストレスとメンタルヘルス対策」および「職場・家庭におけるストレス調査」について−中小規模事業場(昨年度調査)と大規模事業場(本年度調査)との比較−
 まず、調査象者に関しては性別、「体調不良の経験」、「病休や休職期間」、「健康相談希望」者の割合などについては昨年度と本年度の対象者間で差がなく 職位では本年度対象者の方が管理職が多かった。過去の「体調不良時の対応」では、大規模事業場の労働者の方が中小規模事業場の労働者より「会社の健康管理室に相談」した者が多く、今後の対応でも同じ傾向がみられた。過去に「体調不良」を経験していた者は、昨年度と本年度の調査では大きな差はなかった。
 職業性ストレス簡易調査票で調べた「仕事の負担度」、「コントロール性の問題点」は、本年度の対象者の方が高かったが、「職場内支援度」も高い傾向がみられた。一方、「職務満足感」については両者間に有意差は認められなかった。「家庭生活」に関しては、本年度の対象者は昨年度より既婚者の割合が高く、家庭満足度に関しては「まあ、満足」が多かった。一方、「近所付き合い」、「親戚付き合い」、「親や親族との人間関係」、「夫婦関係」で問題を抱えた者の割合も本年度の方が高かった。
5. おわりに

 平成12、13年度の研究を通じて、ネットワーク作りと活用の難しさと同時にネットワークに必要性を強く感じた。特に、小規模事業場では人的・経済的理由から対策が不充分であることから、相談があった時すぐに対応できるような連絡網と援助のためのシステム作りが必要である。また、地域産業保健センターや産業保健推進センターの存在や支援の内容を知らないと回答した担当者も多数いたことから、広報活動も積極的に続けてゆく必要があると思われる。