建設業における有機溶剤取扱作業の実態調査
調査研究課題名
建設業における有機溶剤取扱作業の実態調査
主任研究者
酒井 淳(福岡産業保健推進センター所長)
共同研究者
黒木 孝一(相談員、黒木労働衛生コンサルタント事務所長)
葉山 勝美((財)西日本産業衛生会)
徳渕 久人((財)九州産業技術センター)
1. はじめに

 有機溶剤による災害発生件数は、近年横ばいの状態にある。作業環境測定の実施が法令により規定されている屋内作業場は、作業環境の改善が進み、作業環境測定の結果が、第1管理区分に移行し、維持管理された職場が増えている。
 しかし、災害の発生件数を業種別に見ると、建設業の占める割合が高くなっている。建設業における有機溶剤中毒予防のためのガイドラインの策定について(平成9年3月25日 基発第197号)が公表され、関係事業者が留意すべき事項が定められている。福岡産業保健推進センターによせられる相談内容では、事業者が実際にどのような対策を行えばよいかを問い合わせるものが多い。
 建設業の粉じん対策については、調査研究を行い、福岡産業保健推進センターとして、結果を公表してきた。
 建設業における有機溶剤中毒予防対策に関する研究は行われていない。
 多くの建設現場は、屋外作業又は現場が数ヶ月から数年で移動するため、作業環境対策が施されていない。 作業場は、他の建設現場に移動するが、実際の作業者は専門工事業者に所属し、1年間を通して有機溶剤取扱作業を行っている。
 作業現場の諸事情により作業環境改善対策を行えない作業場や作業方法・姿勢が不適切な現場では、短時間の反復暴露や、高濃度の暴露を受けることも考えられる。
 作業内容によって、非常に高濃度の有機溶剤暴露が考えられることから、作業環境測定法に定められた、「作業場所の環境測定」と「個人暴露濃度の測定」を行った。さらに、作業前後の「尿中代謝産物の濃度測定」を行い、福岡県内の建設業での有害業務(有機溶剤作業に関する業務)の実態調査を行い、より効果的な職業性疾病の予防方法を検討した。
 県内の建設業者や建設業労働災害防止協会に協力依頼を行い、調査を実施した。
2. 調査方法

 有機溶剤気中濃度の測定
   測定点の配置: 作業環境測定法に基づく定期の測定方法を採用し、測定点の配置を行った。
   サンプリング : 直接捕集法
              採気流量  0.2l/min
   分析条件   : ガスクロマトグラフ
                島津GC−14A FID
                ガラスカラム φ3mm 2m
               PEG−20M(10%)

    Chromosorb WAW 60/80mesh
  採取した試料は、直ちに分析を行った。

 暴露濃度の測定
   同一の単位作業場所においても、作業者によって暴露濃度が異なっていることが考えられる。このため対象事業場の衛生担当者・作業責任者に、もっとも代表的作業を行う作業者を測定対象者と して、各作業場毎に抽出してもらった。
  対象作業者の作業内容・作業時間のタイムスタディを記録するため、作業者毎に観察者を常駐させ、休憩時間はサンプリングを停止した。
  サンプリング時間は、作業開始時から作業終了時までとした。
  サンプリング : 有機ガスモニター(3M製 #3500)
             脱着溶剤  二硫化炭素
 分析条件   : 気中濃度と同じ
3. 調査結果

 各単位作業場所の測定結果に基づく評価は、対象とした事業所3社(単位作業場所数3)の全てが、第1管理区分となっている。
 調査対象は、3単位作業場所であり、有効なデータを得られるものではなかった。しかし、対象とした全作業場所で、呼吸用保護具(有機溶剤用防毒マスク)を確実に使用し、呼吸器からの吸収はないと考えられる状態であった。しかし、作業終了時に尿中代謝産物が増加しているのは、手などの露出した皮膚に、接着剤や塗料が付着し有機溶剤の経皮吸収が発生していることが一因として考えられる。
4.まとめ

 本調査は、某建設現場内で発生した労働災害(転倒事故)に対する現地指導を行う際に、事故の原因として有機溶剤急性中毒(酩酊=シンナー酔い)が原因として考えられることを指摘した。直ちに、建設業における有機溶剤中毒予防のためのガイドラインの策定について(平成9年3月25日 基発第197号)の遵守状況を確認したところ、有効な対策はとられていなかったことから、本調査を計画した。
 しかし、労働災害の防止に関心を示し、調査に対して賛同の得られた事業所は、福岡県内よりも他県に建設現場を有する大手の建設会社であり、県内に多くの現場のある建設会社からは、協力を頂くことができなかった。
 また、各作業場において、有機溶剤作業主任者の選任は行われていたが、当該作業に従事する作業者に対する有害業務に関する作業者教育は実施されていなかった。
 これは、選任された有機溶剤作業主任者が、作業の実施に関する責任者であり、個々の作業者に対して教育を実施するには能力が不足していると考えられる。取り扱っている有機溶剤の有害性情報として、化学物質安全情報シート(MSDS)を入手していたが、個々の作業者に理解されてはいなかった。 
 有機溶剤に関する特殊健康診断の実施に関する聞き取り調査では、健康診断の実施(尿中代謝産物の採取時期)が、作業終了時ではなく、作業開始前や作業の行われていない日に実施されていた。
 作業者は、年間を通して有機溶剤業務を様々な現場で行っているが、屋外作業であるとして作業環境測定を実施していない。多くの建設現場では建設途中の建物は、養生シートで囲われているため通気が妨げられ充分な換気は行われていない。作業環境管理対策が困難な建設現場に関しては、個人暴露濃度の測定を実施し、暴露濃度に応じて呼吸用保護具の性能を規定する等の措置が有効であると考える。
 現状では、個々の事業所に対して、労働衛生面での指導を継続させ、労働災害の発生防止を図ることが必要である。